ササノハ

幻燈 かがり


 物事は些細な要素の差異により異種のものに区別されていく、そういった考えを教わったのは亡き祖母の庭でだった。夏日を遮り、蝉時雨さえも遠くに隠したこの青い笹の葉の下で、実社会では殆ど役に立たない知識を授かった日々は、褪せた記憶で克明に生きていた。枯れた笹の葉に覆われた道を行く中、隣を歩く京花が逆光の空を仰ぎ、長く閉ざしていた口を開いたのも、同じ去来があったからなのだろう。 「懐かしい道だね。相変わらず曲がりくねっていて、前と違う形になってる」 「んだな、今回は玄関までちゃんと続けばいいなあ」  笹の生い茂る道は刈り手なき今となっては、自然にあるがまま、生命の根と葉を伸ばし続けている。本来ならば、あの錆びた鉄柵を開き真っ直ぐ歩くだけの単純な道程が、故人の美学によって植えられた緑によって酷く複雑になってしまっているのも当然のことだ、此処に立ち寄る人間は、自分達以外にもういないのだから。  正方形の敷地内、和の悦を究めた塀に囲まれた祖母の家は、この竹薮の中心にある。家というよりかは物置、もしくは山小屋に近い木製の住居もまた正方形を為しており、そのふたつの四角の間隙を埋めるのは笹のみだった。土地の殆どが庭で、住居はアトリエとしか使わない祖母のやり口に、母が良く毒づいていたものだ。 『好きな草を植えるにしろ、好きな風に家を建てるにしろ、もう少し考えてやってほしいものよ。 後に残る人のことなんて、あの人は何も考えて無いんだわ』  ――こうして笹の幹を脇によけていると、母の愚痴を聞きながら草刈をした日々を思い出す。慣れない手つきでも容易く刈り取れる笹を、京花と一緒に銀の鎌で切り倒すのは、未開の地を探検しているようだった。汗に塗れたTシャツ、半ズボンから覗いたふくらはぎを掠める葉や虫、壊れたラジオのように遠くから聞こえる母の愚痴、笑顔で草を刈り取る麦藁帽子の幼馴染。何処に向かっているのかも分からなくなる、緑を切り開き終点を目指す幼少の日々が懐かしい。そうして「キザミヤ、やっと玄関が見えたよ」と喜ぶ京花の顔は昔と変わらず、道の果てにある赤い扉もまた、過去の輪郭と綺麗に重なった。ああ、お邪魔します。そう言って俺がドアノブを回せば、古い香りが運ばれてきたのも、やはり同じ事だった。 「わあ、前に来たときよりか蜘蛛の巣が増えちゃってるね。また、お掃除する?」 「いや、別にいいべ。今日はお前の用事さえ済ませばいいんだからよ。ほれ、さっさと美術書だっけか、探すべよ」 「キザミヤは相変わらず淡泊だね、訛りは濃いけれど。おばあちゃんとおじいちゃんが化けて出てくるよ、故人は尊ぶべし」  日の光だけが頼りとなる手狭いアトリエの窓を力任せに開いた京花は、以前持ち込んだハタキを手に取れば、埃を被ってしまった彫像や塑像の手入れを始めた。両脇と正面、みっつの窓が開かれたことにより室内には風が迷い込み、埃を少しずつさらっていく。祖母が使っていた道具は京花の手へと受け継がれ、何も無くなった作業机に日の光が反射した。使い手に先立たれた銀のノミや鎚は、あの輝きを保ち京花の手の中でのみ生きるものと化した。 (今日はこの調子だと、一時間は軽くかかんなあ)  祖母の遺作を芸術家としての眼で審美しつつ、丁寧に汚れを取る幼馴染の後ろ姿を眺め、自分は本棚を漁る。赤い背表紙に格調高い横並びの文字が記された芸術書の森に、うろ覚えのスペルを探し指をなぞらせる。探す名前は、Antony Mark David Gormly……だったか。とにかく、ゴームリーという作家の名前さえ探せばいいということを、道中に何度も言われていた。何処かで聞いた覚えもある、近年で高く評価されている芸術家の書籍を黙々と探していると、哲学的な独り言を唱える彼女の声が自然と聞こえてくる。どちらかといえば、精神としての繋がりが祖母と深かったのは、京花のほうだろう。  痴呆に犯されてしまったらしい祖父が、ある日忽然といなくなったのがそのきっかけだ。庭の笹を枯れなくなった祖母の手伝いに必ず付き添った彼女は、作品製作に勤しむ祖母の傍らで眼を輝かせ、様々な知識を教わっていた。探検が終われば、退屈な午後の休息に口を開く自分は、名前に反してそれほど彫刻や塑像に関心が持てなかった。小さなキッチンで面倒そうに簡素な料理を作る母が「早く帰って寝たいわ」と呟いている、当たり前にあった此処の午後。たまに退屈と暇を持て余して、芸術の熱を帯びたふたりの側によると、祖母は嬉しそうに難しい話をしたものだ……。その話の意味が、今になってどれだけ重要なことだったかと、ふと気がつく夜を重ね始めてからようやく、京花が知っていたあの時間の価値を思い知らされた。名に与えられた期待を背負った俺の側にいて、何一つ無かった幼馴染が誰よりも悟った、その事実にはもう悔恨すらも生まれない。事実、満足いく形に彫れた作品はひとつもなかったのだから。  祖母に与えられた名前の意味を投げ出した俺を、現実的な両親は喜んだが、京花はきっと落胆していた筈だ。祖母の断片をふたり別々に観察しながら、それぞれ考え事をしているこの時間は、酷くゆっくりと流れていたと思う。哲学の用語や芸術の観念を独言する京花の後ろ姿をふとみると、若い歳に似合わず大人びた女性の輪郭が眼に映り、今に帰りついた。それと同時に、本棚の中央に挟み込まれていた探し物も偶然見出し、苦笑した。引き抜いた本は重く、手触りが悪い、古びたものだ。何気なくページをめくっていると京花の目星通り、祖母の走り書きやメモが随所に残っているのが分かった。 (相も変わらず読み辛い字だこったなあ……ラテン語も混じってら) 「なあ、見つけたぞ京花」  足元に舞い込んできていた青葉を栞代わりにして、思想の溶け込んだ書物を片手に幼馴染の側による。掃除を既に終えていた京香は熱心にメモを取り、文字の下に作品のクロッキーを描いているところだった。  ……速写には面と点の関係、そしてデッサンされる対象のアウトラインとマチエールを正確に捉える能力が必要とされる。選び抜いた線使いで修正無く、鉛筆一本で胸像を描く彼女は俺を捉えてはいない。ただ、作品と対話し、作品のみを見つめ、その奥に潜む内面の意図すらも見抜き出したかのように美しく描かれる絵に、思わず唇を噛んだ。造形に必要な審美眼の全てが、表象された速写だった。午後の光を浴びて、作品と作家の傍観者となった自分はただ傍らに立ち、待つことしか出来ない。窓際から眺める笹は風に揺らぎ、独特な乾いた接触音を響かせていた。 硬い地盤を食い破り、取り除くのが不可能に至るまで深々と根を下ろす笹に、嘲笑われた気すら感じる沈黙。 「……ああ、ごめんごめんキザミヤ! こっちに夢中になっちゃってて、気がつかなかったよ。もしかして、呼んでた?」 「いや、呼んでねえがな。ただ見てただけさね……まだ描き足りなさそうだから、遅い昼飯でも簡単に作って待ってんよ」  笑って両手を額の前で合わせる幼馴染に笑いかけた後、小さすぎる台所で湯を沸かす準備をした。鞄から取り出したインスタントラーメンをふたつ置けば、コンロと流し場以外のスペースは半分埋まる。こんな小さな台所にすらも祖母の作品は置かれており、残る半分のスペースはそれによって埋められていた。  置かれているのは右手のオブジェ。ブロンズで仕上げられた右手は、まるで生きた人間のものにすら錯覚してしまう。彫り刻み、刻み重ねては彫り、歪な土くれから作品へと昇華した祖母の技術に、いつも握手をせずにはいられなかった。祖母の彫刻と握手をすれば、自分の手には誰かの手の感触が冴え冴えと伝わってくる。かすかな筋の起伏、皮にあしらわれた皺、温もりすら感じてしまうその手は、瞳を閉じれば他人の存在すら想起させる。指先や手のひらに伝わる感触は、年老いた人間にある独特の深みを思わせた……祖母とは違う、少し骨ばった誰かの人生が、まるでそのまま此処に残されているようだ。どんなに精巧な芯材を用いて、どれだけの愛情を注いでこの彫刻は作られたのだろうか。その技巧の数々を観察するうちに、喜びはやがて苦い微笑みへと変わり、作品から手を退けさせた。  まだ水滴の残る薬缶を火にかけて、椅子に腰掛けぼんやりと京香を眺める。……笹の葉に彩られた窓際でなびく柔らかい髪、鉛筆を運ぶ白く細い手、随分と大人びた横顔。幼馴染の外見が時と共に変わりゆき、当たり前に側にいた彼女が、いつしか自分の傍らに置き続けたいと願ってしまってから、このアトリエは色を帯びた。噎せ返るような閉塞の元、部屋の片隅にある寝台で、育ちゆく欲望を満たす……思い出の場所を逢引の場所として使うようになった思春期の自分を、彼女はどう思っていたのだろうか。細い夏の日差しを浴びる彼女の姿を凝視していると、頭に消しゴムがぶつけられた。 「また変なこと考えてたでしょ。キザミヤは元から分かりやすい顔してるけれど、ここに来たときはもう少し考えを隠したらどうなの」 「ああ、すまん」  平謝りに小さく笑うと、薬缶が蒸気で高い音を鳴らし始めた。簡素な食事を摂り、また作品を眺めはじめる頃には西日が笹の隙間に差込んでいた。余り清潔では無い寝台に寝転んで、まだ様々な考えを巡らせペンを走らせている京花の姿を眺める。おもむろに、壁際の棚から試作品であろう芯材を手にとると、作業中の祖母を思い出した。眼鏡をかけた爺さんの膝の上から見た、祖母が老いた手で作る幾何学的な芯材に込められた技芸。細い木材に、シュロ縄を幾重にも巻きつけ、関節には針金をあしらった全身像や手の原型は子供心ですら、これが芸術なんだよと喜ばしく語る祖父の言葉に確かな意味を持たせた。外面的な理解のみでは決して為しえない、複雑な線と起伏の集合――そして理論として理解していたとしても、絶え間ない努力と天性の才が必要とされるのが芸術なのだと、身に染みるほど刻み込まれた。祖母はよくこう言っていた、 『彫刻や塑像の完成に大きく影響するのが芯材だ。芯が雑な作りだったり、歪んでいたりすれば彫刻は完全な美に近づくことが出来ない。 芯とは作品の骨であり、粘土は骨に紡がれる血肉だ。だから芯は、作品の精神そのものを物語る完全な形状を追求したものでなければならない』と。 妥協を一切許さない祖母は、不完全な作品をこの世に残さなかった。残されたのは確かに、そんな彼女の哲学が薫る肉体の断片や立像ばかりだ。……眺めていると、悲しみが込み上げてくるほどに。 「……んなあ京花、笹と竹の違いって知ってるか?」 「また浪漫の欠片も無い話をするねキザミヤは……。知っているよ、竹は成長とともに皮を落とすもの。 笹は皮が腐っても付着したままのもの……って違いでしょ」 「そう、腐っても皮が残るのが笹なんだ。なら婆さんがこの庭に竹じゃなくて笹を植えたのかも、分かる気がしねえか」 「……どういうこと」 「文字通り、皮肉なんじゃねえかなあ。そこに骨と、髄は無い」  会話はそこで終わった。我ながら、馬鹿な告白だったと言葉を紡いだ後になって考えることは良くあるが、この時ばかりは不思議と澄んだ感覚が脳裏を泳いだ。顔に落ちる斜陽の光を片腕で遮って、よく見上げた木製の天井に視線を移す。祖母の遺した芸術書を読み終えたらしい京花は、また一人でこの部屋に残る祖母の思考を拾い集める作業を再開したらしい。自分には読み取れもしない、見えもしない感情がこの部屋を満たしているのだと思うと、実に不可解な気持ちになった。窓の外で笹の葉が落ちる。枯れた葉が微かな音を立てたのも、自分がいなければ起こらなかった現象なのかもしれない。そしてその瑣末な事柄に意味を見出せるかなんて、人間のみが考える内面の問題だ。どうしてまた、夜を迎えようとする夕陽の中、肉体が別の肉体を求めたのかは確かな根拠が鮮やかな熱を帯びていたが、京花が何故自分をまたこの場所で受け入れたのかには、答えがなかった。両腕に抱きしめていた身はやがて、熱と共に融けていく。  交じり合い、重ねて、降り積もる感情がまた重なって、次第に埋もれて見えなくなる。根本で燻り続けたままの滾る想いが、消えてなくなるまで、恐らく京花を求めるのだろう。そうしたところで、自分の本当に求める価値が手に入る筈も無いと知りながら、傷を深めていくだけなのだ。  フォン・ベルタランフィいわく、最高次の生命現象にはシンボルのアルゴリズムが、すなわち科学や論理――そして芸術が当てはまるらしい。ともすれば、慰め程度の言い訳が胸を満たしてくれた。窓辺から寝台の横へと落ちる笹の影は、赤い光の中で屍のように咲いていたのが、初めて身を横たえた日に重なっていく。あの、祖母が亡くなったが故にこの場所を単純な行為のみに用いる子供染みた反抗は、時と共に身に甘く傷として刻まれて別の感情へと変わってしまった、あの落日へと。 「相変わらず、刹那主義だね」 「芸術家は刹那主義の産物が残るだけだと、思うけどなあ」 「やっぱりキザミヤとは意見が合わないね」 「んだな……俺は、芸術が理解できない人間らしいから」  それぞれが欲する事を済ませれば、アトリエから脚を遠ざけるのは当然のことだった。赤い書物を抱き、笹の生い茂る夕暮れの道を京花が往く中、林冠に赤く焼けた陽を見つけた。植物の緑を黒く塗り染め、厳然と独自の色彩に世界を彩る太陽ほどに、傲慢な芸術家はいない。もう、こうした背徳に身を委ねるべきではないのかもしれないと、指先の胼胝に残る白絹に似た感覚を思い出していると、先程の書物に記されていたラテン語が脳裏を過ぎった。 「なあ、婆さんがラテン語教えてくれた時にさ、最初に教えてくれた有名な言葉……memento moriってあったろう。 その本にもメモされていたあの言葉……あれって、色んな意味があるべよ? 婆さんは、一体どんな意図を込めて、あの言葉を俺達に教えたのかね」 ふと投げかけた問いかけに立ち止まり、振り向いた京花は視線を僅かに赤い書物に落とすと、真っ直ぐにこちらの瞳へ視線を注いだ。 「ああそれはね……。この庭と同じ意図だと思う」 「……どういうこったね」 「文字通りの意味なんじゃあないの?」 「なんだ、さっきの皮肉かね……」  細い笹の幹を掻き分けて進んでいると、背後から「また、此処で一緒に作品を創る時には分かると思うよ」と平たい声が聞こえた。振り向きもせず進んでいくと、やがて過去と現在の境界が見えてくる。あの錆びた鉄柵を押し開けた先には、この夏の終わりがあるのだろう。何度も見つめた半円型の夕陽が嫌に美しい。陽光に照らされた京花の姿を不意に一瞥すると、手に馴染んだ祖母の形見を求めて指が疼いた。――もうここに来ることはない。そう思って不自然に膨らんだ土肌を踏めども、またいつかこのアトリエに脚を運んでいる自分の姿は思い浮かんだ。  共に作品を創る日々、多分有り得はしないであろう日々がいずれ訪れているという予感は、祖母の遺した言葉を悦ばしげな表情で読み歩く幼馴染の姿に強められてしまう。足元で硝子が割れる音を聞いた道程の果てに、夕陽は田舎のアスファルトへと融けていた。訪れた夜に、繋がれた手に、振り向いた先のアトリエは最早、笹の葉に隠れた過去に覆われている。 (終)